メディアリテラシーの練習問題

FEMA『WTC 4, 5, and 6』
「倒れたビルの数は7つです。これどのくらいの方がご存知かわかりませんが、7つ倒れています。つまりWTCはすべて崩壊しました。」
────菊池誠
菊池誠は何を語っているか
今回は、菊池誠が実のところ、911について何を語っているかを考えてみよう。
菊池誠は、ネット・著書・講演などで、「911陰謀論」の批判らしきことはしている。だがそれらは、あいまいな表現で実際に何を言わんとしているのか分かりにくい、というものが多い。物理学者として、科学や物理学の視点から発言しているものが一つでもあるだろうか。
一番しっかりと語っているのは著書『科学と神秘のあいだ』、あるいは2011年3月に開催された「911事件を検証する公開討論会」での発表だろう。だが、これらも実際には果てしなく微妙だ。
ではまず、ネットの記述から検証していこう。
Twitter、blog
まず、以前の記事でも触れた Twitter での発言から。これはプロフィールで「主にみもふたもないこととでたらめをつぶやきます」と宣言しているので論外だ。この「でたらめ宣言」は、菊池誠の発言に触れる際、その根底にある「設定」に注意する必要があることを教えてくれる。
次に、現在は閉鎖された菊池誠のブログ『kikulog』。記事一覧が以下だ。911について語ってはいるものの、それはもう見事なまでに何も言っていない。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.html#
一例を挙げれば、制御解体説を唱えているスティーブン・ジョーンズに関する記事が以下である。雰囲気のみとしか言いようがない。
『Steven Jones』
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/200709.html#1190390847
論文
論文について。菊池誠は911に関する論文は書いていない。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/
以前、日本科学者会議が出版する『日本の科学者』という雑誌上で、「911陰謀論」の議論が発生したことがある。通説派の南雲和夫の論文に対し、通説懐疑派の戸田清・成澤宗男の反論が掲載されたところで話が終わっているが、菊池誠がこれに反論することはなかった。
http://ad9.org/people/science/toda-narusawa-JJS2010.pdf
講演
「911事件を検証する公開討論会」での講演について。これは、2011年3月に「市民社会フォーラム」という団体の主催で行われた討論会だ。通説派から菊池誠、通説懐疑派から きくちゆみ・西牟田祐二が参加した。
菊池誠の講演の動画。
この討論会で菊池誠が使用した資料は、この資料の末尾にあるものだ。細かい部分で異なるものの、これとほぼ同じものである。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/presentation/2011JSAsymposium.pdf
注意してほしいのは、これは「メディアリテラシーの練習問題」であることだ。菊池誠はこの資料を基に話をしている。そして、そう断っている。
「メディアリテラシーの一つの、ま、練習問題みたいなものだろう、という風にもとらえて…練習問題というと怒られるかも知れないんですけれども。それでですね…」(1:25)
「本題に入りたいと思いますけれども、メディアリテラシーの勉強(?)ということなんですけれども」(4:45)
この講演、菊池誠は、確かにいろいろしゃべってはいる。言った通りの主張をしている部分もあるだろう。
だが、これは基本的に「練習問題」なのだ。「主にみもふたもないこととでたらめをつぶやきます」と宣言した Twitter とよく似たやり方である。
この講演での発言についてはいずれ別に記事を設けて検証するとして、ここでは「練習問題」の例を一つだけ挙げよう。菊池誠は講演の最初にまず、「911ではビルは7つ崩壊した」という話をする。
「倒れたビルの数は7つです。これどのくらいの方がご存知かわかりませんが、7つ倒れています。つまりWTCはすべて崩壊しました。」(5:30)
https://youtu.be/Etkv21hdeAk?t=330
ここはぜひ、動画で観て頂きたい。ビシッと格好良く言っている。
が、講演の後半できくちゆみらにつっ込まれ、あっさり言を翻す。
「(WTC3・4・5・6が)どれだけ崩壊したかっていうと、僕もそこまで詳しくは知らないんですけれども」(49:50)
https://youtu.be/3F71vUu-U88?t=2980
実際にはWTC5なんてほとんど崩れていない。菊池誠の言っていたのが自己の主張であるなら、よく調べずにデタラメを言ったということだ。だが「練習問題」であれば、デタラメを言っても許される。
僕は後者が正しい見かただと思う。何故なら「メディアリテラシーの練習問題」と断っているからだ。ゆえに「詳しくは知らないよ」と言を翻しても、平気な顔をしていられるのだろう。
聴衆の多くはおそらく、そうは受け取らず、言葉通りの意味だと考えるだろう。だが「練習問題」と断っている以上、その誤解をわざわざ解いてやらなねばならぬ義務はない、というわけだ…
「メディアリテラシーの練習問題」などと断った資料や演説など、評価できない。
『日本の科学者』のような雑誌に「でたらめを書きます」「これは練習問題です」などと断った論文が掲載されるはずもない。「お前は何を言ってるんだ」と鼻で笑われて終わりである。我々もそうすべきなのだ。
さて、最後に残った「著書」については、次回の記事に書くとしよう。
スポンサーサイト
2018-02-10 :
911事件を検証する公開討論会 :
コメント : 0 :